休んでいた訳ではありません


オリンピックの影ばかりが気になって、書く事が出来なかったんです

閉会式見ました(笑)。何気に見てしまいました。少し異質な演出でしたね。明らかに寺山が入っていますな。塔の上の「マ白き人」は天井桟敷の人か(笑)。最後も、人の物量作戦できましたね。何が無くとも、人だけは居る・・・と言うアピールでしょうか。消息筋によると、ウイグル自治区の抵抗はかなりあったし、公安もそれなりに忙しかったようですが、全く報道されないのはさすが中国です。見事な報道規制です。しかし、これから中国バブルが崩壊し経済が減速するのは目に見えていますから、関係者は要注意ですよ。。。。

ところで、日本代表の野球の団塊世代の監督の言いわけは見苦しかったですね。。残念です。何でこうまで人の所為に出来るんですかね。米国の大学生にこてんぱんにやられた日本のプロ野球って一体(笑)。

さて、暫くブログを書かないでいたのは、他のドクター不在でくたくただったのもあるのですが、少し本を読んでいました。ブログネタには困らない毎日でしたが、どうもネガティブな発想になってしまい(北京の所為(笑))。
読んだ本はニーチェの「ツァラトゥストラかく語りき」スタンダールの「赤と黒」ゲーテの「ファウスト」そしてそして、究極の読み直しはカフカの「変身」。あえてこれらの旧名作を読むのは、頭の中を整理する事と現代への回顧と発展。特に、カフカ的K氏の苦悩や喜びが、時々のメールで触れるからこそのカフカの読み直しです。
こう言う作品は時間が経ちません。今の世にも全く適合します。人の輪廻と社会の輪廻はカフカの苦悩を思い起こさせるだけではなく、格差の背景の人としてのあり方や神の所存、そして創造が人の業であるか否かを、現代に全く違和感なく溶け込むこれら偉大なる作家(哲学者)の未来を見据えた精神構造とでも言いましょうか。。

ファウストなんて、高校生の時以来ですよ。ホムンクルス・・・・・・今月号のサイエンスのヒトゲノム特集の倫理の話と何が違うと言うのか。まさに改めて驚く他ないじゃないですか。そして朝起きたらストレスの為に顎が痛くなる代わりにムシになる。格差がもたらす高ストレスの中に暮らす今のワシらと何が違うのか。ワシだってある朝目が覚めたら醜いムシに変身していたら、、、、家族は何とする?周りの人は何とする?そこに真実の共有があるのか?カフカ的K氏とワシボスは真実のファウストを探しているのだ!しかしファウストの出現は神の創造以前に、スタンダールの赤い衣装と黒い衣装、その背景の貧困と貧困を産むありったけの富裕文化。だから人は宇宙を、手塚治の火の鳥になって、果てしなく繰り返す全ての幸福と不幸。。。。。。。。

200百年の時の経過を意識させないこれらの作品に比較すると、今の作品群はなんと目先のモノなのかと。ただはっきりしているのは、繰り返しの連続が歴史の一ページである事。何か誰かの手のひらの上で、適当の転がされているワシらの自我なのでは・・・・・・・・?


Posted: 月 - 8月 25, 2008 at 11:42 午後        




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